蕎麦から考える高付加価値とは
JA茨城県中央会 寺山正史常務

江戸時代を背景にした落語を聞いていると、様々な場面で蕎麦が登場します。急ぎ足で蕎麦を啜って仕事に出かけたり、ゆっくり酒と共に蕎麦を味わっていたり。その姿はどこか粋な印象を思い浮かべます。うどんと蕎麦を比べると、高級なうどんは天ぷらなどの脇役が豪華ですが、蕎麦は蕎麦の味とお店の雰囲気で勝負する高級店がいくつも存在します。お店の佇まいも侘び寂びの世界観を感じる日本的な落ち着きを持っていたり、自然豊かな蕎麦の産地とマッチしていたりします。そしてそんな蕎麦屋をこよなく愛する文化人の話も後を絶ちません。

そう考えると蕎麦は他の麺類に比べて高付加価値な要素を持っているのではないでしょうか?その理由を、蕎麦打ちの趣味を持つ寺山常務に聞いてみました。

蕎麦から考える高付加価値とは JA茨城県中央会 寺山正史常務

みなさん、こんにちは。
JA茨城県中央会常務理事の寺山です。

昨年秋のJA大会で『持続可能で高付加価値な茨城農業へ』というワードで、これから先に我々が目指す方向を示しました。そう決めて以降は、何かにおいて「持続可能とは何か?」「付加価値を上げるとは具体的にどうしていくことなのか?」と考えるようになりました。

私は蕎麦を打つのと食べることが好きです。自分自身で、なんでこんなに蕎麦に夢中になれるのかと考えると、これこそ高付加価値と言えるものではないだろうかと思うようになりました。その魅力を自分なりに紐解いてみたいと思います。

まず1つに「蕎麦を打つ」という作り手側の面白さが体験できることです。私は茨城県那珂市に住んでいて、常陸秋蕎麦振興会で蕎麦打ちを学びました。自己流で始めた蕎麦打ちでしたが、あらためて教わったことで成長と難しさを繰り返し感じました。それでも続けていると、周囲から褒められる場面も増えていったことが励みになっていたと思います。

道具として持っているのが包丁、麺棒、麺板、ふるい、こね鉢です。包丁は刃渡り30cmの2万円程度のもので、この長さがあると1度で切れるのが使いやすい。自分に合った包丁でうまく切れれば喉越しも違ってきます。麺棒は軽いものを使っています。軽いと最後に伸ばす工程で使いやすいんです。ふるいも目の大きさで味が違ってきます。藪とさらしなの違いのように、アクの成分がどこまで含まれるかで好みが分かれます。こね鉢も蕎麦打ちには重要部分を担っていて、蕎麦粉に加水しながら練っていく「水まわし」という工程が非常に大事なんです。第1加水はまだザラッとした砂の状態、これを第2加水でそら豆大にまとめ、さらに第3加水でピンポン玉くらいの大きさに寄せて練っていく工程を続けていきます。この工程が蕎麦打ちではすごく重要なんです。

こんな具合に、簡単なようで奥深い、やればやるほど難しさを感じながら、乗り越えた達成感が得られます。そして食べた人から褒めてもらえる。野菜と料理の関係と一緒ですよね。食べるだけでなく料理する側にいることで、さらに素材の魅力を感じられるのだと思います。

2つ目の魅力は生産地、土地としての魅力も蕎麦の味わいを作り出していることです。

蕎麦は肥えた土地より山間の痩せた土地を好みます。北海道空知、長野の戸隠、茨城はブランド品種の常陸秋蕎麦をJA常陸のある県北中心に生産しています。福島県郡山の蕎麦街道も山々をバックに蕎麦の白い花が続きます。長野なら、きれいな空気、水、安曇野の景色を眺めながら食べる蕎麦とくれば美味しさが増してきます。特に新蕎麦となれば、近くで生産され製粉されたものは香りも高くて貴重です。

蕎麦は広い蕎麦畑で栽培されます。広大な場所に広がる白い蕎麦の花を一度見ると、蕎麦を食べるたびにその光景が浮かんできて、蕎麦のおいしさをさらに増して感じられる気がします。

茨城県にある袋田の滝、ああいった場所にこそ、近くに生産地がある観光地で蕎麦が似合います。ぜひ本格的な蕎麦のお店をいくつか並べて、滝の風景に合わせた味の観光地にできたらいいだろうなと思っています。

3つ目は文化の香りと日本的おもてなしによる魅力です。

私が蕎麦を打っているのは11月末から翌年5月の連休頃までです。トータルで20kgを超えるくらいですが、常陸秋蕎麦の美味しい季節で、気温や湿度的にも蕎麦打ちに適した寒い時期が中心です。年末年始を中心に、蕎麦を打つ機会も増えます。私の家ではおもてなしとして蕎麦を打つようにしています。家に招いて蕎麦を打って食べてもらう。まず「そば前」と称する酒を振る舞います。「これから蕎麦を打つので、まぁ美味しい酒でも飲んで待ってて」という訳です。粉から水まわしをし、伸ばしているうちに、会話も弾みます。そして「中割」という打ち手の私にも途中での酒を入れ、茹でて冷やした蕎麦を楽しんでいただきます。最後に「箸洗い」という納めの酒を振る舞うという作法に従って客人と楽しみます。最後にはちゃんとお土産としての蕎麦も用意して手渡します。

このコミュニケーションこそ、日本人のおもてなしの心だと思っています。

また私は地元那珂市の日中友好協会の会長も務めていて、中国の方に蕎麦打ちを公開して食べていただいています。これが好評で、何より蕎麦を中心において作る楽しみ、食べる楽しみ、そして会話する楽しみとしてのコミュニケーションの道具として非常に役立っています。話しかけるきっかけ、おいしさから生まれる話題と、一瞬で笑顔になれます。

こういった日本の強みであるホスピタリティを遺憾なく発揮できるのも、蕎麦の魅力の一つではないでしょうか。

このように、蕎麦には打つという体験できる魅力、生産地の土地を含めた魅力、そしておもてなし文化を遺憾なく発揮できる魅力があり、これらによって付加価値を高めているように思います。これは農作物にも共通するところがあるのではないでしょうか?ただ作るだけでなく、その魅力をどうやって伝えるかを生産者自ら考えていくことでさらに魅力的な農畜産物にすることができるような気がしています。

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