これからの農業について(1) 
谷口信和先生、八木岡会長対談

2021年10月27日の第29回茨城県JA大会で基調講演をいただいた東京大学名誉教授の谷口信和先生、大会の前に八木岡会長と対談する機会がありました。

茨城県の農業にとって非常に貴重なお話をいただいたので、3回に分けて対談の様子を掲載したいと思います。

第1回:街と人の動きを見て出口戦略を考える
第2回:みどりの食料システム戦略を有効なものにするために
第3回:JAグループ茨城の戦略を知ってもらうには?

■第1回:街と人の動きを見て出口戦略を考える

対談の様子1

八木岡:新型コロナによる影響などで、コメの需要が低下し価格が大幅に下落しています。同時に食料安全保障面の重要性が増しています。『国消国産』というワードで国産の農畜産物を食べようと、いろいろなキャンペーンも展開しています。

谷口:いろいろな戦略を考えるときに、なぜ今のような状況になったのかをよく考えることが重要です。その経緯を分析して、専門家が集まって議論して戦略を作っていくというようにすれば、人々も動いてくれます。
 例えば2013年頃から、食生活で大きな変化がありました。それは肉、畜産物消費の拡大です。1日に2,600カロリーを摂取しましょうという目標は1990年代に達成され、もう作らなくてもいいというムードになっていきました。政府側も人口減、高齢化により国内消費需要の減少、肉消費減少という見方をしていました。
 そこに2001年のBSE問題の発生で牛肉消費がパタッと止まりました。ところが牛肉に代わって豚、さらに鳥肉へと変化しながら2013年頃から食肉消費が一気に増えています。人口が減ってきても世の中はやはり牛肉を食べたいという欲求が高まっているし、それが統計にも現れています。単なる人口統計などより、きちんと実情を見ることが大事です。

八木岡:確かに統計的な予想なら減るはずだとなるでしょうが、現実そうなっていませんね。

谷口:そうなんです。世界で珍しいほどに街中で唐揚げ店が爆発的に増えています。カロリーの少ない鶏肉を、油を使ってカロリーを上げるという食べ方をして調整しています。健康志向に対して調整できるようなうまい食べ方だと思います。こういった需要動向を見ていると飼料が不足するのは明らかなのに政策として対応が遅い、もっと早いタイミングで米を飼料に転換しておくべきでした。

八木岡:なるほど、昨年は食用米も飼料米へと転換して価格維持をしました。

谷口:世の中の動きをよく見ると、小麦粉を使った昼食は必ずしもパンでなくて麺、しかもうどんでもなくラーメンです。スパゲティもあるけれど、国産小麦を使ったものはあまりありません。品質がマッチしていないんですね。これほど日本人がラーメンを食べているのであれば、それに合わせた小麦を作るべきだったのに、パンに合わせた品種に集中しすぎていたように思います。また、うどんは柔らかいものを暖かくして食べるのが常識だと思っていたところに、腰があって茹でた麺を冷水でさらす讃岐うどんのヒットを見習うべきです。さぬきの夢はそれに対応した品種です。
 街の中で起きている現実をよく見て、どういったものが好まれているかの研究を、技術面、生産面、流通面それぞれがきちんとすべきだと思います。

八木岡:出口戦略を消費の動向に合わせていくということですね。

谷口:そうです。そう考えれば、たとえば米も、粒でばかり売ろうとせず粉にして汎用性を高めるべきです。お米は米粒を味わって食べるのが一番だと誰もが思っています。芋も食糧難の戦争体験から、まだ芋を食べてるの?となって消費が低下しました。美味しい米の和食が一番だったのですが、今は洋食に人々の嗜好が変化して、和食を中心とするさつまいもの生食需要は大きく減少しました。ところが芋はずっと需要が減ってきたかといえばそうでなく、ポテトの需要は高まってきていて、和食にも洋食にも使われています。コンビニにはポテト菓子が山ほどある。しかし、さつまいもの菓子は減っている。さつまいもを使った洋食や菓子をもう少し真剣に研究すべきではないでしょうか?

八木岡:確かに同じ芋でもポテトとサツマイモはだいぶイメージが違って感じます。

谷口:イメージは大事です。とんかつは西洋料理でなく日本料理、最初から切ってあるものを箸で食べているのですから。ではなぜビールで食べているのでしょうか?日本食ならとんかつに合う日本酒を研究していけばいいのではないでしょうか。このように需要をきちんと作り出していくべきなんです。
 また、こういったことが起きる根本原因には日本人の生食嗜好、加工食品軽視の文化があると思っています。例えば葡萄も生で食べるものであって、ワインにして飲むといった考えに至らなかった。どうみてもヨーロッパの葡萄の価値は生食よりもワインの方が上です。

八木岡:日本人は、どうしても生のものがいいんだとか、最初にこう食べたから、これはこういった食べ方をするものだという固定観念が強すぎるのでしょうか?

谷口:そうなんです、もっと考え方を柔軟にすべきだと思います。6次産業化する対象も一から考え直すべきで、加工に使うのは安いものだという認識を改めるべきです。その例はいちごジャムで、フォーションの3千円のジャムは良質ないちごの粒がそのまま入っています。加工商品は貧しい人が保存食として食べていると勝手に決めつけてはいけません。安いものを求めていた時代から今日は本当にいいものへと嗜好が変化していることを知ることが大事です。
 ただ、ここに来て格差が広がり、賃金が上がらないので食べ物にお金をかけることができないという事態になってきている部分も見られます。賃金を上げて国内で経済を回していく政策にすることがより大事になってきました。自給率を上げるということは、他方で賃金を上げて国民の健康福祉を高めていく方向にしていかなければだめなんです。賃上げと自給率向上は両輪で考えるべきで、気候変動対応のためだけで高い価格の有機野菜を買ってもらえないですよね。美味しくて、安心できて、且つ地球温暖化対策のためにという状況をきちんとセットする必要があるのです。いきなり有機農業25%、CO2やメタン削減の話をされても生産者は誰も動かないと思います。

八木岡:確かにおっしゃる通りですね。

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